東京みどりの食料システムEXPOロゴ

東京開催

会期2025年311日(火)~14日(金)10:00~17:00(最終日は16:30まで)

会場東京ビッグサイト MAP

北川辺いちご部の苦労と技術で育まれる「べにたま」
——最高金賞受賞の生産現場に迫る

「べにたま」栽培のハウスに足を踏み入れると、そこには甘い香りが漂っていました。流線型の美しいフォルムを持つ「べにたま」は、粒が大きく、形が揃っており、奇形が少ない品種です。これまでは試験栽培によって、埼玉県の限られた生産者だけが栽培していましたが、次のシーズンからは埼玉県内全域での生産が始まる予定です。

北川辺いちご部は、試験栽培に選ばれた生産者集団であり、その中でも30代の髙橋春輝さんは「べにたま」の栽培に挑戦し苦労を重ねた一人です。
髙橋春輝さんは語ります。「新品種の「べにたま」は30株からスタートしました。味が良かったので、私たちはチャレンジしましたが、試験栽培では最初の頃は大変でした。もし北川辺で栽培が成功しなかったら、この品種は途絶えてしまっていたかもしれません。」

「べにたま」の栽培には、それまでに主流として栽培してきた「とちおとめ」とは異なる温度管理や肥料、水の与え方などの栽培方法が必要です。主に有機肥料を使用し、マルハナバチによる受粉を行います。ビニールハウス内の温度を自動制御し、天窓の開閉やミスト噴霧を行い、寒さや暑さ対策を徹底します。さらに、炭酸ガス発生装置を使用して光合成を促進。甘い果実に集まるハダニの防除に天敵を活用した生物農薬で駆除し、化学農薬の使用を削減します。また、ハウス内に虫が入らないよう防御するために、防虫用のLEDランプを設置し虫が嫌う波長の光を出します。
30代の髙橋春輝さんは、好きなアイドルのTシャツを着て、一人黙々と作業をしています。「死ぬまでプレイヤーでいたい」という情熱を持ち、髙橋さんが愛情込めて育てたいちごはどれも甘くて、極上のスイーツのような美味しさです。

埼玉県が、なぜ日本一のいちご産地になったのか?
約50年前までは、埼玉県が日本一のいちご生産量を誇っていたことを今回の取材で初めて知りました。埼玉県のいちご栽培は昭和28年(1958年)から始まり、水田の裏作物として広がり、昭和39年(1964年)から9年間連続で国内1位の作付面積を獲得。
しかし、昭和47年(1972年)以降、他県で12月に出荷できるいちご品種が開発され、埼玉県のハウス栽培は遅れを取り始め、作付面積は徐々に減少しました。生産量では国内12位まで順位が下がってしまいました。
埼玉県は他県に比べて作付面積や品種開発の面で遅れを取っていましたが、2007年にオリジナルいちごの開発に着手しました。平成28年(2016年)には埼玉県農業技術研究センターで「かおりん」「あまりん」という埼玉県オリジナル品種が育成され、令和3年(2021年)には「かおりん」を親に持ち、市場出荷に適した「べにたま」が試験栽培でデビューしました。今年で4年目となり、ついに次のシーズンからは埼玉県全域での栽培が始まる予定です。

クリスマスいちご選手権で最高金賞を受賞したことで人気が急上昇し、注文に応えきれなくなっているため、生産量を増やしたいと考えています。ただし、最大の課題は人材確保です。

「いちごの栽培は新規就農を希望する人が多い一方で、経験が必要で難しい作物です。さらに、資材の費用も高く、初期投資額も大きくなります。また、高齢化により農業を卒業する人も多いため、空いたハウスの活用も課題です。この課題に対して、卒業予定の農家から指導を受ける弟子入りなどのマッチングを検討していきたい」と埼玉県の職員で、加須農林振興センター農業支援部の技師、渡邉祐貴さんは話します。

「現在は、父の代から使用している高さの低いビニールハウスを使用しています。しゃがんでの作業が必要であり、作業効率が悪いです。最新式のビニールハウスは天井が高く、温度ムラが改善でき、働き方改革にも役立つと考えています。ただし、必要な資材は海外から調達する必要があります。世界的に物価が上昇している今、ビニールハウスの代金は下がることはありません。補助金等で資材購入を支援してもらえると助かります。働きやすい環境が整えば、農業に関心を持つ若い人材を加須へ呼び込むことができるでしょう。」(髙橋さん)

「青果の販売価格は急激に上昇することはありませんが、2024年2月4日のTBSラジオ『日曜天国』で安住紳一郎氏が埼玉県の新作イチゴ「べにたま」を紹介し、視聴者プレゼントへの応募が3000通以上あったことから、手応えを感じています。このような反応を受けることで、安定した販売が期待できます。」(須賀さん)

埼玉県はそのオリジナル品種の開発と高い生産技術を持つ生産者により高品質を実現。いちご生産の分野で大きな発展を遂げています。これからも栽培技術の向上に取り組みながら、さらなる成功を目指していくことでしょう。30代の埼玉県職員、農協職員、生産者が一緒に取り組んでいる姿に、明るい未来が見えました。

記事:石川史子 写真:山根正允