東京みどりの食料システムEXPOロゴ

東京開催

会期2025年311日(火)~14日(金)10:00~17:00(最終日は16:30まで)

会場東京ビッグサイト MAP

北海道美瑛米の有機転換:
生産者、商社、JAが協力して取り組む

美瑛米は、北海道のど真ん中2,000m級の大雪山連峰から流れるミネラル豊富な雪解け水を生かして米作りが行われています。

田んぼのある場所は標高250mを越え、昼夜の寒暖差があり、米づくりには最適です。

三菱商事の塩野入さん曰く、大粒で抜群に美味しいのが「美瑛米」。炊きあがりのつややかな美しさ、そして甘み、旨みがあります。

生産者の村井隆之氏は、JAびえい稲作生産部会長です。毎年11月23日に皇居で執り行われる「新嘗祭」の献上米に本年度選ばれた生産者で、三菱商事と有機転換に取り組んでいます。

三菱商事 塩野入氏、美瑛米生産者 村井氏、J A びえい松田氏、山中氏

■ 有機農業推進の背景:

農林水産省「みどりの食料システム戦略」目標では、2040年までに、主要な品目について農業者の多くが取り組むことができる次世代有機農業技術を確立し、現場の実践技術の体系化と普及に努めていくこと。そして2050年までに、オーガニック市場を拡大しつつ、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大することを目標としています。

しかし、国内では有機農業に取り組んでいない農業者の方が断然多く、彼らが今後どれだけ有機に転換するかは大きな鍵です。

令和5年産水稲の作付面積は134万4,000ha つまり、主食である米作りで、生産者の労働負荷を少ない次世代有機農業技術が確立されれば、この目標は達成に近づきます。

■ 美瑛米の有機転換の取り組み:

三菱商事株式会社 北海道支社
食品産業・S.L.C.グループリーダー 塩野入克朗氏 

塩野入:コロナ以降、価値観が大きく変化し、SDGsの目標が浸透。次世代へ良い環境を残そう、生態系を損なう恐れのある化学農薬は控える農法を支援していくという考え方が、急速に企業や市民へ浸透しています。また、生産者や農協では、輸入原料をベースとする化学肥料を出来るだけ抑えていこうという動きが見受けられます。

そこで三菱商事は、有機転換は社会課題の解決であり、農業を再生産可能な産業としていくこと、企業がSDGsの目標を達成するために必要な事業と判断。北海道がその最適地と考えて2020年から道内で共同研究のパートナー探しを開始しました。

美瑛町農業協同組合(JAびえい)
販売部 農産課 課長 松田充浩氏

松田:J Aびえいは、「農産物の価値を上げたい!」そんな課題を常に抱えていました。
美瑛は豊かな大地、水源、観光資源にも恵まれていて、野菜や穀類、酪農、畜産などの農畜産物の種類が多い一方で、「これこそ名産!」というものがありません。農林水産省「みどりの食料システム戦略」においてのオーガニック拡大の動きや、美瑛の農産物のブランド強化につながる特徴ある取り組みになるのではないかと考えて、三菱商事からの有機転換の提案を快諾。稲作部会長の村井氏が賛同し、3者で協力して研究を行うことになりました。

JAびえい稲作生産部会長
村井隆之氏

村井:品種は「ななつぼし」が中心で、新しい品種の「ゆきさやか」にもチャレンジしています。春先の籾播きから秋の稲刈りまでの間、丹精込めてお米の管理をします。 そうした「愛情」の積み重ねが、美味しいお米になる最大の秘訣だと思っています。

新しい栽培の手法を実証し、流通の仕組みも組み立てていくために、除草機や紙マルチ田植え機などの新しい農業機械を導入したり、珪藻土や高機能バイオ炭などの資材を使用したりと試行錯誤しました。 土壌調査の上で綿密な施肥計画をたてて、北海道美瑛町におけるコメの有機転換について、共同で研究を行っています。 圃場の有機転換には有機的な栽培導入から3年間の期間が必要で、2024年の秋に初めて有機JAS米(転換期間中)が収穫できる予定です。

■ 有機農業の社会的意義

有機農業は、生物の多様性や生態系の健全性を促進し、農業生産に由来する環境への負荷を低減します。また、有機農業を推進する地域や企業は、持続可能な社会を目指す人々とのつながりや絆を生み出し、様々な社会課題を同時に解決することができます。

世界の有機食品売上は増加し続けており、2020年では約1,290億ドル。
日本の有機農業の取組面積は、過去10年で約5割拡大しています。
(有機J A S取得面積 H22年9.4千ha → R2年14.1千haへ50%増)

有機食品市場世界の状況 農林水産省

そして、驚くべきニュースがもう一つ。
有機食品はこれまでごく一部の人たちの嗜好品でしたが、世論が大きく変わりつつあります。

今春、オーガニックビレッジ宣言の市区町村が目標の2年前倒しで100を超え、124市町村に増えました。
また、2022年の農林水産省調査によれば、週に1回以上有機食品を利用する消費者は32.6%に達しています。国内の有機農産物、加工食品等の供給と、有機食品を求める消費者がうまく結びつけられるよう、生産と消費のあいだのフードチェーン、有機食品のためのフードシステムの構築も不可欠で、今回、日本の食料自給率を支えている大規模な農業協同組合と総合商社が組織として、有機転換事業に共同で取り組んでいることに、大きな価値があります。

塩野入:現在、円安の影響があり輸入資材が高騰しています。大規模に農業を営む生産者が、容易に転換できれば、後に続く生産者が増えてくるでしょう。今後は、美瑛米の有機転換技術について取り組みを学びたい、一緒に共同研究を行いたい方を受け入れていきたいです。

■ 有機農業転換で導入した農業機械、肥料など

村井氏:農法や、農業資材について、三菱商事や関連企業から情報収集し、有益だと思われる方法を試験し、共同研究を行なっています。有機栽培を始めたことで、他の作物を含めて慣行農業にも役に立つ農法が見つかりました。また、農薬を使っていなかった頃の文献を調べて、過去の農法を知ることができ、今の農業にとても役に立っています。
有機転換後1年目の2021年は初めての年で除草がうまくいかなかったにも関わらず、一反で10俵を収穫。そこで、翌年2022年から、商品の価値をわかりやすくするためには有機J A S認証を取得する方向に舵を切り、どの品種での適性があるかなど実験的な栽培をしながら、何種類かの違う品種でも栽培を行い、田んぼを拡大。2023年に育苗失敗や生育不良、除草の方法に苦しみながらも初めて有機JAS認証を取得。
3年目の今年2024年に初めての有機JAS米として収穫できる予定です。
有機は手間がかかり生産性が低いものと誤解されていますが、機械で省力化ができ、満足ができる程度に収穫が見込める様になりました。今後はJ Aびえい、三菱商事の販路開拓に期待をしています。

① 除草機

レンタルのニッケン(三菱商事のグループ会社)から実験的に除草機をデモで借りたり、いくつかの機種を観て歩きました。また、東川や空知の先輩有機米生産者、有機農業を推進するコープ自然派など、有識者などからのアドバイスを得て結果選んだのは、こちらの除草機でした。
ウィードマン(WEED MAN)除草機

② 除草作業を大幅に省力化できる紙マルチ田植え機

再生紙を敷設し、紙を突き破りながら田植えを行ないます。敷設された紙が田面への日光の通過を遮断し、田植え後約1ヶ月の間、除草剤を使わずに雑草の伸長・繁茂を抑えることができます。紙マルチ田植機は1997年に発表。本州では長く有機栽培の米農家が愛用していて、実績のある農業機械ですが、北海道での実績がなく、今年度、当社から実証実験の依頼があり、試験を行っています。
三菱農業機械(マヒンドラー)紙マルチ田植え機

③ 珪藻土(虫除け)

21年に初めて当プロジェクトを開始した際に、USDA(米農務省)オーガニック認証で使用が許されていて、アメリカの広大な農地で、虫を寄せ付けない方法(珪藻土を撒く)・化学肥料を使わない方法として実践しました。当時、珪藻土を噴霧するビークルがなく、動力噴霧器を肩に担いで田んぼに入ったり、ドローンで何往復もしてイネをなぎ倒しながら噴霧したりと無我夢中でした。但し、現在は使用していません。

④ 高機能バイオ炭

スタートアップ企業のTOWING社が開発した炭の多孔質な性質を活用して微生物を付加したものと有機肥料を混合した高機能バイオ炭を、稲作の育苗培土に活用した実証実験を行っています。単にカーボンクレジットの取得が可能であると言うだけでなく、オーガニック栽培において有機肥料の分解が促進され、肥効が早く現出されて、農産物の収量に好影響を与える可能性があると聞いています。

⑤ 栽培情報提供・施肥計画

21年の栽培から、ずっと、三菱商事アグリサービス株式会社 春原直哉氏と、北海道上川総合振興局 上川農業改良普及センター大雪支所 井口希氏が、土造り、育苗、生育と常にデータを収集し、解析してくれています。肥料や栽培方法について、みんなで話し合いながら「やってみましょう!」と貪欲に試行錯誤を繰り返し、何が良かったのか、悪かったのかを「見える化」。プロジェクトのブレーンである二人からは、常に最適なアドバイスや指導をもらいながら、P D C Aを回して改善を行っています。このデータや知見の蓄積は、今後、有機転換を行っていく生産者にとって、非常に心強い、また、意義深い情報であると思っています。

記事:石川史子 写真:山根正允